大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
世間が母の日で盛り上がれば盛り上がるほどに、気が重くなります。
なんでこんな日があるんだろうとさえ思えてしまうほどに。
もう関係ないと心に決めていても完全無視するにはどこか戸惑いがあって何故か身をひそめるような感覚があります。
義母だって、私や息子たちの誕生日や季節行事はとっくの昔からスルーしてるのだし、お互い様でしょう。
冷戦前までは、いいえ、まだ表面的に良好な関係だった頃には何かしらを用意していましたが、いつからかお礼の言葉を聞かなくなりました。
なぜか、マザオにお礼を言うのです。
用意したのも実際にお金を使ったのも私なのに。
もっと前、小姑と一緒にお金を出し合ってプレゼントしていた頃にも小姑には大袈裟な喜びとお礼を何度も言うくせに、私には「〇〇がこんな素敵なのを選んでくれた」と自慢報告になるのでした。
私は小姑らに言われてお金を出しただけと言えばそうですが、夫婦二人分の集金です。それなのにお礼の一つないことに私は内心、腹を立てていました。気分が悪かったです。
だったらマザオと私の自分たちだけで用意した方がまだ良かったのかもしれません。
実家へも顔を出さず、実母へのプレゼントなどありませんでした。
気は心とは言いますが、いつも「来年こそは」そんな気持ちで通過してきた母の日でした。
とにかく毎日の生活で必死で、そこへ夫婦二人分のプレゼント代ですから痛いことこの上なく、お礼もなし...
もう儀礼などしなくてもいいと、私一人、気持ちの上で決別しました。
不思議なことに私が母の日を無言でスルーし始めたら、急にマザオが浮上しています。
ご勝手に!
冷めた目で黙認しています。

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実母の退院で少しばかりのお手伝いに行ってきました。
買い物にも付き合ったのですけど、なんていうか、完全なおばあさんになっちゃったなあと寂しく思いました。
私が五十を超えているのですから当たり前です。
私の中では五十手前の母親の姿がくっきりと残って、そこからあまり歳をとっていませんでした。
まったく会わずにいたわけでもないのですからおかしな話ですが、嫁に出た時の印象そのままだったのかもしれません。
入退院で余計に老け込んだこともあるかもしれないです。
帰宅して、トイレへ行き、出ようとした時に扉一枚隔てた向こうに何となく人の気配がします。
義母かもしれない、
トイレの中で息を潜めて見えない向こう側を探ったのですが、どうやら気のせいだったみたいです。勢いよくドアを開けたら義母がいました。
いないと思ってたところに人影があって、それも幽霊のようにボーッと突っ立っっていたので、思わず「ひっ!」と声を上げてしまいました。
同時にドアの前に突っ立ってることを腹立たしく思いました。
なんで人がトイレ入ってるのにまん前にいるんだ!って。
トイレに入ろうとしたら私が入っていたのでしょうけど、外出先じゃあるまいし、そこにいるな!って思います。昔っからこういうデリカシーのなさが大嫌いです。
ですが、実母より年上の義母の方が背筋も伸びて若々しく感じてしまいました。
義母も地毛になればそれ相応の年齢に見えますけど、今までの苦労の違いでしょうか。
入院など気配もなく元気ピンピン、好き放題に出かけ、面倒なことは人任せ...
そりゃ、若々しくもなるでしょうよ。
人の人生って本当に不公平だなと思います。

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