大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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先程の記事で、思いが交錯して全然ちがう昔話になってしまいました。すみません。
結局、小姑が申し出た塾代は断りました。
私の意地?
息子の将来を思えば私は頭をさげてでも塾代を工面すべきだったのかもしれません。
長男は志望高校へ行けませんでした。不合格だったのです。
これは塾の問題だけでなく、本人のやる気や資質もあったんだろうとは思います。けど、受験前に起こった数々の出来事を私は一生忘れることはできないと思います。
受験勉強どころではなくなったあの騒動はまた後日にでも書きたいと思います。
長男が不本意ながら入学した私立高校は、この田舎では選びようのない地域にたった1校の底辺から進学組まで幅広い層の生徒がひしめきあってる高校でした。
私立としては良心的な学費でしたが、それでも私たちには負担が大きかったのでした。当時は高校無償化なんて話にも出てませんでしたから丸々支払わなければいけません。
長男の高校在学中に義父がなくなり、毎月の学費納入さえ事欠いて、お恥ずかしながら督促状のような手紙をもらったのも1度や2度ではありませんでした。家中、店のお金、あちこちかき集めて学校の事務室まで持参したこともあります。苦しかったです、現実も気持ちも。
こういう状況の中での進学希望だったので、当然国立志望でした。
予備校へ行くなんて選択肢はありません。
大学進学って予備校ありきのはずなのに、予備校へ行くのが普通なのに、長男は店でアルバイトをしてました。進学費用調達と人件費節約のためです。
落ちました。
高校に続いて大学も不合格でした。
一浪してなんとか合格を勝ち取ったものの、在学中に留年しました。
本人は「将来掛かった学費は必ず返すから」と謝るばかりでしたが、原因はアルバイトのし過ぎではなかろうかと思っています。
さらに就職を前に氷河期と言われる時代に突入したこともあって、専門職を目指し難関な試験に挑むも最終試験で脱落、2月のことでした。
すでに一浪一留の長男に就職留年は御法度です。経済的にも無理ですけど。
しかし、2月に不合格を言い渡されてもどうしろと?国家試験の無情さを逆恨みしたりしました。
結局、一年間はフリーターで国民年金を払いながら就活をしたのです。
運良く、挫折だらけの長男を拾ってくださった今の会社に新卒として入社することができました。
しがない自営業者の私たちは、長男の就職によって大企業のすごさを知ることになります。
福利厚生からボーナス、年休、労働時間、なにからなにまで恵まれてます。
当たり前のことが当たり前でない自営業、ただただ驚くばかりです。
数日間の短い帰省中になにか好物でも作ってあげたいと思っていたのに、お米が切れてしまいました。
お財布の中には千円札が1枚だけ..
買物はカードでも出来ますけど、時間もお金も切羽詰まっていて泣けてきます。
弱気な感情を隠して笑顔で、「お米買ってきといてー」と頼みました。
遅くに帰宅すると
お寿司屋さんの桶がありました。
ボロキッチンにはお米も置いてありました。
泣きそうな気持ちを押し込めて
必死の笑顔でごちそうになりました。

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今さっき、長男を最寄り駅まで送ってきました。
ついこの間まで、まだまだ子供だと思っていたのにすっかり大人びていました。
26にもなって子供じゃないですけどね。
久しぶりにゆっくり話せたような気がします。数日間の帰省はあっという間、なんだか胸に迫るものがあって、なんでしょう?ただのお盆休みの帰省なのに。
残りの連休は友達と約束があるらしく、楽しくやっているようでなによりです。
中途半端な学力だった長男は、もう少し後押ししてやればもっと高いところへ手が届いたのかもしれません。
親馬鹿な話で申し訳ありませんが、聞き流してください。
窮屈な生活の中で長男が持って来る成績は私の希望といっても過言ではありませんでした。
選択肢を増やすには、取り敢えず、学校での立ち位置が影響します。良ければ良いに越したことないですから。
具体的に何をどうしようと考えてたわけではないですが、長男には自分の思い描くように生きて欲しいと切に願っていました。
この家に縛られることなく、店を継がなくてはいけないなどと思うことなく。
中学生になると、周囲のほとんどが塾へ通い出しました。
長男が中学生の頃の店の経理はまだ小姑が牛耳っており、私はダブルワークで学資保険の積立てを用立てるのに必死でした。
浅はかでした。
みんな塾へ行くのが当たり前の時代なのに、私はその費用をなんにも考えていませんでした。
大手塾へ通うと月謝もそれなりにお高く、中学3年にもなれば月額5万円なんて最低ラインだと教えられました。
他にも入会金、夏期講習、定期テスト対策、など次々と銘打った講座が出現し、その都度お金が掛かります。
都会の中学受験などの話を聞けば、こんな月謝は微々たるものかもしれません。が、マザオのお給料から毎月5万円もの教育費が増すなんて..ひねり出すのは至難の技、いいえ無理でした。
とても大手塾へは通わせられないと判断した私は個人塾を探し出しました。
他のお宅より一歩も二歩も出遅れて探し始めたけれど、良いと思うところは定員に達していたりしてなかなか見つかりませんでした。
そんな時、家計までをも管理していた小姑が長男の塾代くらいはマザオのお給料に足してあげると言い出したのでした。
複雑な気持ち、わかりますか?
マザオだって毎日必死で働いています。
人様の倍くらい働いてます。年間休日50日ありますかね?
この家の長男です、跡取りです、当時はバリバリの働き盛りでした。
私はといえば、家計に少しでも足しになればとダブルワークで頑張ってました。
そんな私たちの経済力では、子供を塾へも行かせられない?
なんで塾代を加算するしないって決定権を小姑が?
その加算してくれるという
ありがたき塾代は5千円!!
5千円の提示でした!(爆)
今回の帰省でいろいろ思うことがあって、話があらぬ方向へ行ってしまいました。
長くなったので一旦投稿します。

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