大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
先日、大きな箱が届きました。
母の日のお花でした。
今年はコロナの影響もあって私の勤め先でも母の日ギフトは激減です。
なので今年は悩ましかったのです。
というのも、「母の日は送らなくてもいいから」なんて催促まがいは言えたものではありません。
結婚して初めての母の日を迎えた長男のお嫁さんも悩ましかったと思います。
私自身は母の日を気にしていません。
でも実際に贈り物が届くと嬉しいものですね。
かくいう私は、今年も母の日をスルーしました。
毎年毎年、一悶着ありの、強制集金があったり、長年の積み重ねと「ありがとう」はいつも小姑や息子であるマザオに向けられていて嫌気がさして今に至ります。
そんな根性曲がった私がお嫁さんから母の日の贈り物をもらう資格があるのか...自問自答する気持ちもなくはないのですが、都合よく解釈してます。
思い返せば、嫁に来た頃はなにかと母の日の贈り物や献立を考えたものでした。
一緒に住んだが故に!同居はろくなことがないです。

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学生時代の親友がなくなりました。
新型肺炎ではありませんがこの世情ですからなにかと大変でした。
できる限り連絡だけでもと思ったのですが、便利なのか不便なのか...
黒電話が当たり前の世代です。
まして結婚などで姓が変わっていたり地元を離れていたりで連絡先がわかりません。
個人が携帯を持ってるのが当たり前の今はラインやフェイスブックなどSNSで繋がってるのかもしれないですが、私たちは連絡網世代です。
たとえボロボロになった連絡網が残っていても役に立ちません。
感じたのは人は変わるんだということです。
それとも私が鈍感だったのかもしれませんが。
仲良しグループでいつも一緒に笑い転げていた一人に電話しました。
もう十年以上も会っていませんが、電話がつながった途端に嗚咽が漏れ聞こえてきました。
かと思えば、第一声が「コロナ?」
連絡されても困るという雰囲気が漂ってきました。
連絡したもののどうしていいのか分からなくなり、ぎこちなく電話を終えました。
虚しくて力が抜けました。
優しさや悲しみの共有を求めていたつもりはありませんが、あまりのドライさに違和感が残りました。
でも、きっと私も変わっているのです。
ため息と恨み辛みを吐き続ける私も無邪気だった学生時代とは別人のように変わってしまってるのだと思います。

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