大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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春先はいつも物入りです。
店は畳んでも会社自体は存続しているので事業税やら会計士さんへの費用を捻出しなければなりません。
店の売り上げも上がらず自転車操業のような状態の時を思えばまだいいのですけど、五月になれば自動車税や固定資産税がのしかかってきます。
毎年のことでわかりきってるのですが、余裕を持って用意しようと思ってもなかなか思うようにならないままいつも春を迎えてしまいます。
いつまでたっても生活は楽になりません。
同居してるのに!
経理とともに家計をも握っていた小姑から「年収六百万位の生活」と言われた日を思い出します。
どこが年収六百万の生活なのか、私にはさっぱりわかりません。
だけど、口答えする勇気も気力もありませんでした。
激しい感情が込み上げてきても、平静を装って曖昧な笑みを返すのが一番の得策だと身にしみてわかっているから。
あれから何年経ったのか...
結婚し同居を拒み、自分たち核家族だけの家を建ててから、すっかり実家から遠のいています。
結婚当初は頻繁に出入りして口うるさかった事務員小姑の住宅ローンを聞いて驚愕しました。月額二十万に届きそう。子供の習い事や塾の費用も五万円では足りないくらいだと言います。
この田舎で随分と羽振りのいい暮らしぶりです。
同居なのにずっとお金に苦労して、ボロキッチンで我慢の三十年の私とは真反対の生活が妬ましいです。
いいえ、そんなことより、
塾どころか校納金すら事欠いて受験の邪魔までされた長男、お年玉を無視され学資保険は店の運転資金に回された次男、親の私たちだけでなく息子たちも借金まみれです。
いつか絶対見返してやる!
そんな反骨精神が私の原動力です。

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休みの今日、一歩も家の外に出ませんでした。
雨が降っていたので、庭にすら出ることもなく本当にこもりっきりの一日でした。
いつも出掛ける義母も今日に限って外出の予定がないようで、同じ屋根の下で同じ空気を吸って部屋にこもっていたようでした。どういうわけかドタドタと荒い足音もなく、時折台所から鍋を扱うような金属音が聞こえてくるだけの静かな休日...
まともな休みなど満足に取れず、
たまの休日も在宅が苦痛で用事がなくても外出し、
帰宅しようと自宅に近くまで来ても義母の気配を感じ取ればUターンをして再び放浪のドライブに出掛けたあの頃。
休みの丸一日をぼんやりと家の中で過ごす日が来るなんて!
ここに義母さえいなければ。
そう思いながら今日の一日を振り返っても、居ても居なくても変わらない一日でなかったのかと思う自分がいます。
もちろん、義母が居ないとわかっていればトイレへ行くのに廊下の気配を伺うこともしないし、お風呂へ行くタイミングを計る必要もありません。
雨であろうと晴れであろうと自分が思うままに過ごすことができるのです。
義母と遭遇しないよう頑なまでにコタツの番人をして過ごした一日を、
「こんな平和な日が来るなんて」と思うのか、それとも「こんな風にしか過ごせない」と思うのか。
不思議なことに前者でした。
窓の外をぼんやり眺めながら、こんな日もまんざらでもないと思う私がいました。
長年の過酷な日々で感覚が麻痺してしまったのか、少しはマシな生活になった実感なのか。
トイレすら、まず耳を研ぎ澄まし気配をうかがってからなのに。

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