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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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「ねえー、」

廊下でバッタリご対面してしまった義母に声を掛けられた。

「いい加減にこれ捨てていい?」

日頃から義母のイントネーションや語り口は割りと穏やかです。
今回も、ただ単純に処分していいかな?と聞きたかっただけだと思います。



手にしていたのはピカチュウのぬいぐるみ。
かなり大きいものです。

このピカチュウのぬいぐるみは、下の子に実母がプレゼントしてくれたものでした。
とても大事にしていて、小学4年にもなって一緒に寝ていたりしたので「男のくせに・・」と心配したくらいです。(笑)


ある日、例のごとく小姑が子供を預けに来ました。
まだ小さかった小姑の子、どの部屋にも勝手に出入りします。

ただでさえ「また預けに来た!」という感情と、我が物顔で過ごす小姑に「もう自宅じゃないのに」という嫌悪感を押し殺しながら、幼い子供の行動に目くじらを立てるのは大人げないと言い聞かせてました。

その時、私たちの部屋でピカチュウのぬいぐるみを見つけた小姑の子。
すごい勢いで飛びついたかと思うと、自分と同じくらいの背丈のピカチュウを抱えて母親の元へよたよた運んで行きました。

下の子はさすがにダメとは言えなかったようで、「ぼくのピカチュウ」と耳打ちしてきました。
本当は私も同じ気持ちでした。ドケチの分別もない大人だなって自嘲しちゃいますね。


夕方になって、小姑が戻り「もう少しピカチュウ貸してね。」と言いに来ました。
それはまあいいです。

「大きくなってもまだぬいぐるみで遊んでるの?男の子なのにー」そういって笑ったんです。
ムッとしました。一言も二言も余分です。


帰り際、ピカチュウを離さずに泣きわめく小姑の子!

私でなく義母が言いました。
「一緒に帰れば?」

ピカチュウを持ってけと言うんです。

オマエのじゃねえだろがー!!

「ぼくのピカチュウ」そう思ってるのが表情でわかりました。
でも私も次男も返してほしいと言えなかった。


そのまま、ピカチュウは戻ってきませんでした。
年月が経ち過ぎて、もう社会人となった子どもの方はすっかり忘れてるかもしれません。


でも私はずーっと根に持ってたんです。
小姑がマイホームへ引越しをした頃から義母のリビングにピカチュウが返ってきてたのを知ってます。

借りたものを返したんではなく、不要になったから引越しの際に実家へ捨てたんです。
だって、うちには必要のないベビーバスやチャイルドシートなど、自分で捨てろや!って代物がたくさん持ち込まれてたから。

もう昔の私じゃありません。
我慢だけの人生は切り捨てました。

「これ捨てていい?」
確認するところをみると義母も一応は「人の物」って認識があるんですね?

私は答えました。


はあ?


捨てるもなにも、

借りっ放しで返してもらってないんだけど。

本人に聞いてみて! フンッ!!

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ふたりの小姑は、もちろん里帰り出産でした。
2ヶ月間も上げ膳据え膳で、友達は来るわ、旦那も毎晩遅くまでいるわ、

勘弁して!!でした。

その時の小姑らの言い草が、
「産後の世話をしたんだから今度は私らがやってもらう番」でした。

は? 記憶にございません!(笑)

私だって帰りたかったに決まってるじゃないですか。義母がごちゃごちゃ言って、結局帰してもらえなかったんですけど。







私は、臨月どころか、破水して病院へ駆け込むまで義家で家政婦をしてました。

つわりもひどかったし、とにかく体調が優れなくてドクターストップが掛かり、ようやく店の仕事から解放されても家の仕事は全部私ひとり。

この時も義母からお決まりのセリフ、「病気じゃない」がありました。

後々、知ったんですけど、義母は自分が出産する時は臨月前に実家へ帰ってたそうです。毎晩、お猪口1杯の晩酌付きだったとか?

誰がその夕飯を用意してたんでしょうかね?
義母の親の介護に明け暮れたの義妹さんじゃないですか?


自分も、そして自分の娘も実家で気兼ねなく、心も体も静養が取れるよう・・・御都合主義の義母!


二人目の出産で入院している間、私は実母に上の子を頼みました。
義母や小姑にいちいち「お願いします」と頼むのもイヤだったし、実母にも初孫と過ごす時間を味わってもらいたくて、マザオと相談して決めたことでした。

実母の張り切り様はテンション高過ぎー、私もそれが嬉しかったんですけど。
だって、新生児の頃は病院に居た時に会ってただけでほとんど義家に囲い込み状態。
その後もゆっくり実家へ帰ることなんてなかったからです。お正月でさえ帰ってません。実父母が初孫と一緒にお風呂に入ったのはこの時が初めてでした。

ただ、この子を連れ出すタイミングが最悪だった!

義母がごねることは想像がついたので、マザオと私は作戦を練ってました。
ところが、この日に限って想定外なことが立て続けに起こり計画が狂ってしまったのです。

実母が機転を利かせて、上の子を病院まで連れ出して来てくれました。


その夜、自宅へ連絡を入れるようにとわざわざ病院まで電話をしてきた小姑。

10円玉を握りしめて公衆電話から電話しました。

興奮した口調の小姑が、

「お母さんが人さらいみたいなことして怒ってる!」

たぶん、こんな感じの言い方でした。
「お母さん」が私の母を指してるのか、義母を指してるのかは判断出来ませんでしたが、とにかく「上の子が私の母に誘拐された」という意味のようでした。

なにそれ!?
怒りで興奮したのか、ビビって不整脈を起こしたのか、大騒動に気づいたのはベッドの上でした。


医者から説教された義母?


ついでに2週間の安静入院になった私。

ざまーみろ!!


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