大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
義母がまた長電話中です。しかもこんな時間に!
今は携帯電話が当たり前の時代ですけど、私が若かった頃には考えられなかった事です。コードレスホンだってこの家を建てた時にはありませんでした。
家自体が大きく小姑らもいた大所帯だったので、ホームテレフォンを取り付けたのでした。各部屋に電話があって番号で部屋への呼び出しが出来る会社にあるような電話です。
子供が幼稚園に行きはじめてママ友が出来、私も外の世界を知るようになって、
やっぱり自分の生活はみんなと随分かけ離れた平成おしんのような世界だと再認識し始めると同時に、そのはけ口を外へ求めるようになっていったのかもしれません。
当時は夜になって手が空くと誰かしらと電話で話をするのが習慣化していきました。
毎夜ではないけれど結構な頻度で掛かって来たり、こちらから掛けたり。
その事をずいぶんと厳しく咎められました。
電話のし過ぎだというのです。
確かに私にも反省すべき点があったのは認めます。
だけど、怒ってる義母はどうなの?
私の比でない程の長電話を頻繁にしてたじゃない!
一度、食事の片付けをしてる時に電話が掛かって来たことがありました。
キッチンの電話のコードを引っ張って洗い物をしながら受話器を耳で挟んで話をしていたのですが、これもこっぴどく叱られました。
みっともないそうです。
子供を放ったらかしてどういうつもりだと。
バザーの役員をしていて打ち合わせの話だったんですけどね。
子供を放ったらかしって言うけど食事も終わってテレビを見ていたんですけど、20分以上も長電話していたと。
母親失格の烙印押されました。
何回押されたかわからないから、別にいいけど!

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まだ置きっぱなしなんですけど!
なにがって、玄関に放置されたキャリーバッグです。
まるでホテルのドアマンのように正面に鎮座してたので、マザオに玄関脇の柱の影に移動してもらいました。
で、今日もまだそこにずっといるんです。
呆れるでしょ?捨てちゃってもわからないんじゃないかしら?
置きっぱなしと言えば、タンス事件!!
思い出しました。
小姑らが嫁に行くとき、ご親切に私の息子達が使うでしょうからと自分たちが使っていた家具を置いていってくれました。
小姑らが使っていた部屋をそのまま、息子達が使うということです。
義母が「良いものだから」と何度も誉め称えたその家具類は合板を自分で組み立てるカジュアルなものでした。
カジュアルな家具でもいいんです。
自分たちが用意出来るのはホームセンターで売ってるものがせいぜいなのですから。贅沢を言ってるわけではありません。
棚に穴が開いてるカラーボックス、傾いて自力で立たない細い本棚やシールだらけの学習机!
あのね、息子達には私の実母が買ってくれた学習机があるんですけど!!
義母の口癖「お父さんの建てた家」の部屋を使いたければ自分たちで片付けろってことですか?
その小姑らの学習机、大変な思いで分解し粗大ゴミとして市の処理場へ持ち込みました。わずかな金額でしたが処分代を払ったのは私です。なんで!?
力尽きて傾いた本棚や底板がはずれてしまうタンスはいまだに存在しています。
「親片」なんて言葉が聞かれる昨今ですが、私は小姑が嫁に行った後始末までしなくてはいけないのですか?
なんてったって、
離婚時の婚礼ダンスまでうちにあるのですから。

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